【わらべうた遊びの再現とその発展】
岐阜県中津川市「杉の子幼稚園」の教育実践


  <はじめに>

  ドイツの現代作曲家で、教育学者でもあったカール・オルフは「子どもは民族の根源的生命力を極めて素朴な姿で保有している。」といっているが、およそ十数年にわたる「杉の子幼稚園」の「わらべうた遊び」を中核にした教育実践を見守ってきて、この幼稚園では「わらべうた遊び」の本来のあるべき姿を学びながら、長年にわたる意図的・計画的な指導の積み重ねをすることによって、かっての「わらべうた遊び」が幼稚園の日常活動の中で忠実に再現され、園児が我を忘れてこの遊びに没頭するレベルにまで近づいてきたように思われる。この活動を通して日本の音楽の体質や感性といったものを自然に身につけていくことはもちろんのこと、この集団活動を通して、望ましい人間の基本的資質を身につけていくことが実証された。いずれにしても、わらべ歌の本来あるべき姿を忠実に伝える方法で、実態に即した指導・援助を積み重ねていけば、今でも生命力溢れる、集団遊びに没頭する子どもの姿を再現することが可能であり、この集団遊びが今日的な子育ての課題を解決していく大きな力になることは間違いないという実感である。

<実践の経緯等>
 
 この幼稚園では、園児の子どもらしさがだんだん失われつつあること、とりわけ自分で考え行動する力、協調性、基礎体力等の生きる力が低下してしてきたことに危機感を持ち何かこうした力を育てる効果的な活動はないものかと模索していた中で、かっての「わらべ歌遊び」を再現することを思いつき、今から約40年前に地元中津川市の小学校教師が蒐集して編集した「恵那のわらべうた」を手がかりに、地元の「わらべうた遊び」の研究家を講師にして、地域に伝えられてきた「わらべうた遊び」の具体的な遊び方を研修し、学びながら園児に伝えていく方法で、いくつかの遊び歌の指導を試み、試行錯誤を繰り返しながら約10年間かかって、園児の発達段階に即した活動計画を作成してきたが、今では下記のような年間活動計画にしたがって、この「わらべうた遊び」が展開できるようになっており、この活動は現段階では、かっては子どもたちだけでやっていたこの遊びのリーダーの役割を担任教師が担う方法だが、徐々に園児中心の主体的な活動へと発展させていて、今では、かっての「わらべうた遊び」にあったような活動を、園児だけの異年齢集団でも可能にしているし、満3才就園のクラスでも、教師主導での「わらべ遊び」が可能になっている。 又、日常の「わらべうた遊び」を望ましいものにする研究だけでなく、年に一回は小・中学校でやっているような綿密な指導案を作成して、全クラスの「わらべうた遊び」を公開し、この遊び本来の効果的な指導・援助のあり方を研究している。

< わらべうた遊びの年間活動計画 >

 
1学期
 2学期
3学期
絵描き歌
  ぼくたぬき(4) おじいさんの顔(5)
あひるさん(4) たこ入道(3)
歌遊び
達磨さん(3) 愛宕参り(3)
茶壷(4)一番蜂止まった(4)
お芋やさん (4) お正月(4)
お月様えらいな(3)
ごんべさんの赤ちゃん(3)
たこたこ上がれ(3)
三角四角(4)
少人数遊び
饅頭の嫁入り(4) なべなべ(3)
おちゃらかほい(5) 拳骨山の狸さん(3)
かたくんで(3) どんどの水(3) かたくんで(3)
じょんじょりかくし(3)
いもむしごろごろ(3)
列遊び輪遊び
開いた開いた(3) お茶を飲みに(4)
かりゅうどさん(4) 竹の子一本(5)
あぶくたった(3) とんびとんび(3)
子とろ子とろ(5)
花いちもんめ(3)
大縄跳び
いろはにこんぺいとう(5) お嬢さんお入り(5) 大波小波(3) 郵便屋さん(4) いっとこにとこ(4)
熊さん熊さん (4)一羽の烏(5)
まりつき
でるでるミルク(5) いちりとらん(5)
一匁の伊助さん(5)
 
鬼決め歌
つぼどん(3)    

 (3)、(4)、(5)は3才児、4才児、5才児のことを示す。

<実践を通して確認できた「わらべうた遊び」の効果>

・「わらべうた遊び」は園児の発達段階に無理がなく、規則的な言葉とリズムがあり、歌も音域の狭い 5音音階でできていることから、ごく自然に無理なく楽しく活動させることができる。

・「わらべうた遊び」をしている時は、稀に押し出されて泣くことがあっても、喧嘩は殆んどなく、最後まで楽しく遊べる。

・遊びの中で自然に心の触れ合いが出来、相手のことを考えたり、我慢したりすることが身についてきた。特に楽しさを持続する為には、簡単なルールや約束事を守ることが大 切だということを遊びを通して自然に学ぶことが出来る。

・「手遊び」は朝の会や一斉活動の前などに、導入としてたくさん取り入れてきた。又、行事の時には親子で(家庭)で出来る「手遊び」を家族との触れ合いをの大切さを話しながら紹介してきた。「手遊び」はどこででも出来ることから、新入園児と教師との繋がりを深め、安心感を持たせるのに効果的である。

・「輪遊び」や「列遊び」は一斉活動などの集団遊びとして多く取り入れている。簡単な 「輪遊び」や「列 遊び」は異年齢でも遊ぶことが出来、どの遊びも一人では出来ないこ とから、仲間との関わりを多く持つことが出来る。又、誰とくっついたり、手を繋いでも嫌がらずに遊ぶことが出来る。

・「縄跳び」と「毬つき」はそれぞれの発達段階に即した目あてを持たせることで、巾広い年齢で可能になる。又、出来たという達成感は、更に回数を多くしたり、高度なものへと挑戦する意欲が湧き、意欲 的な活動をさせることが可能になる。

・歌いながら毬をつくことは年少や年中児には難しいが、年齢が上がるにしたがって可能になる。歌いながら毬をつくにはかなりの集中力を必要とするが、リズムに合せて毬をつくことで、リズム感や反射神経を養うのに効果的である。

・「わらべうた遊び」では楽しみながら文字、数、身体の部位などを自然に覚えていくという効果もある。

・「縄跳び」や「輪遊び」には全身を動かす遊びが多くあり、体力づくりに効果的である。

・「わらべうた遊び」の歌の歌詞の意味や時代背景などを分かりやすく伝えることで、より楽しく遊ばせることが出来るようになる。

<「わらべうた遊び」の発展としての合奏体験>  

  この幼稚園では、主に日頃親しんでいるいる「わらべうた遊び」のメロディーを使い、園児の発達段階に相応しいアンサンブル体験を通して、地域に伝えられてきた音楽の良さ、深さを感得させるような指導の積み重ねをしているが、発達段階に即した合奏曲の作成にには細心の注意を払い、日本の音楽の体質や感性といったものが自然に生かされたアンサンブル曲を作成してもらうために、小山清茂門下で「たにしの会」を主催し、音楽の友社で「日本和声」の著作を出版している現代作曲家の中西覚氏と教育芸術社で長年音楽教科書の合唱曲等を作曲してきた橋本祥二氏に委嘱して、地域のわらべうたを中心にしたアンサンブル曲を作っていただいている。

・3才児用アンサンブル曲「 二つのわらべ歌」 中西 覚 編曲 地域のわらべ歌「じょんじょりかくし」と「お月様えらいな」を笛、琴、チェロのアン サンブルに編曲した録音に合せて、歌と太鼓のパートを3才児が演奏するもの。 ・4才児用アンサンブル曲「わらべうたによるメドレー」橋本祥二 編曲地域のわらべ歌「かごめかごめ」、「いっとこにとこ」、「お正月」を鍵盤ハーモニカ、 太鼓類、和太鼓、ベルリラを使って組曲風に編曲したもの。

・5才児用アンサンブル曲 筝の合奏「四季のわらべうた」 中西 覚 編曲 地域のわらべうたから「おじょうさんお入り」と「お月様えいな」その他から「さくら さくら」、「ほうずき」、「雪やこんこ」を加えた春夏秋冬の筝のアンサンブル組曲で、 演奏発表では最初と最後に「おじょうさんお入り」が演奏されている。  この曲には教師の琴の伴奏と、曲によっては篠笛の助奏が付いていて、園児は旋律部 分を演奏するもの。琴の伴奏と篠笛の助奏は、例年5才児の担任教師が担当しているが琴や篠笛の経験が殆んどない中で、先生方の大変な努力があってこの合奏が続けられて いる。

<和楽器(筝・和太鼓)合奏の効果>

・日常の「わらべ歌遊び」で親しんできたメロディーを使った合奏は、当然のことながら 園児にとって取り組みやすいものだが、更に毎年、年齢ごとの合奏(唱)曲が同じことから年少期より見たり聞いたりし ていて、その活動に憧れを抱いていること、音色やリズムも耳慣れしていることから意欲的に取り組め段々短時間に演奏技術を取得していくことも分かった。

・園児の発達段階に即して、3才児は地域のわらべ歌のアンサンブルの音を聞きながら、歌と和太鼓 の音を合せていくもの。4才児は和太鼓の入ったリード合奏、5才児は教師の琴の伴奏による全児童 による琴の演奏に取り込んできたが、「わらべ歌」の穏やかな メロディーと琴などの和楽器の美しい音色を奏でることの心地よさを感じとって、喜んで演奏する姿が見られるようになっている。

・特に琴の合奏では先生や仲間の音を聞きながら、みんなと合せる力が自然に育っている し,音楽の 良さ深さを感じ取って、合奏に参加している姿が見受けられる。

・園児の公開演奏で最も関心を集めていたのは、かっては和太鼓を含む合奏だったが、今では琴の合奏に高い関心が集まっており、年一回の生活発表会の場での演奏だけでなく 地域の依頼を受けてこの琴の合奏が年に何回か活躍するようになっている。たとえ幼 児の演奏であっても、音楽の良さ 深さを発達段階に即して感得させていくこが欠かせな いように思われる。

<おわりに>  

  私は約10年間に亘って、機会あるごとに、この幼稚園の教育実践を見守ってきたが、地域の伝承文化である「わらべ歌」を効果的に活用し、地道な積み重ねで、今の子どもの人間的な弱さを克服するような指導効果が出るまでの、この幼稚園での教育実践は大変貴重なもので、今の学校教育の「伝統文化を尊重する心を育てる」という重要な教育目標の基本的な部分を幼稚園段階で達成させた、地域に根ざす教育文化の創造に向けた意欲的な教育実践として高く評価したいと思う。先に述べたカール・オルフのいった、子どもに伝えられている「民族の潜在的なエネルギー」が、「わらべうたの遊び」の中で遺憾なく発揮され、この遊びに我を忘れて没頭する園児のエネルギッシュな姿が見られるのも間近かなことのように思われる。

  尚、この原稿は平成22年度の岐阜県民俗音楽学会の季刊誌「ぎふ民俗音楽」に発表したものです。又、この幼稚園で使っている「わらべうた遊び」に関わる楽譜と遊び方を記述した冊子「なかつがわのわらべうたあそび」と 研究実践の記録と合奏楽譜を収めた「幼児の伝承文化を通して幼児の日本人としての豊かな心を育む-10年間の実践のまとめと成果-」の冊子はこの幼稚園の研究物として保存されています。

          お問い合わせは杉の子幼稚園 電話0573-66-1261 へ