高野辰之作曲 岡野貞一作曲 「 故郷 」

 長野師範学校を卒業し、藤村の破戒に登場する飯山の蓮華寺に下宿しながら飯山小学校の教師を勤め、この寺の娘と結婚、文学を志して上京し、文学博号を取得して東京音楽学校の国語科担当の教官になった高野辰之。鳥取県の没落士族の長男に生まれ、貧困のどん底で教会の牧師に音楽の才能を認められて援助を受け、東京音楽学校へ入学。卒業後、母校で教鞭をとった岡野貞一。この二人の出会いがなかったら決して生れなかった小学唱歌の名曲であり、長年の苦難の経てふたりが志を果たした生き方そのものが、この唱歌に表れているといってよいと思いますが、特に歌詞は作詞者高野辰之の生き方そのもだといわれています。
 二人の生い立ちやこの歌を含めて、当時の文部省唱歌がどのようにして作られたかについては、道路公団の民営化委員としても活躍しておられた、作家猪木直樹氏の膨大な資料の読破と関係者への聞き込みによて書かれた 「 唱歌誕生 ふるさとを創った男 (小学館)」を読まれるとよくわかると思います。
 猪木氏は「故郷」 のメロディーについて、この曲は3拍子だけれど、かすかに2拍子の影が感じられ、ゆったりした2拍子で表現すると、ワルツに代表される3拍子とは違ったものに感ぜられ、この曲をゆったりした2拍子として受け止めると、田園風景が見えてくるといっておられる。新鮮な3拍子の背後に刻まれる。ゆるやかで馴染み深い2拍子。「故郷」がいまも歌いつがれている秘密は、西洋と日本の伝統、それぞれの特質を巧みに折衷しているからに違いない。と書いておられる。

  |うさぎ   おいし|かのや  まー


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