BSE問題

BSE(牛海綿状脳症)に関する報道番組を見た。日米の安全確認についての意識格差などを考えるにつけ、まだまだこの現象に対する科学的理解が不足していると痛感させられた。少しづつでも勉強していきたい

BSEとは

筆者の表面的理解では、
・プリオンたんぱく質は、もともと人間等の脳で神経細胞をコントロールするために働いている
・ところが、異常性プリオンと呼ばれる状態に変化したプリオンたんぱく質を食肉などから摂取することで、なぜか正常なプリオンが異常プリオンに変化し、神経細胞が侵され死に至る
・異常性プリオンは高感度検出が難しく、食肉の全頭検査にコストがかかるため、食肉安全性の確保が課題となっている
 この症状で最も科学的に興味深いのは、「病原体ではない『たんぱく質』の構造が伝染(感染)する」という事実だと思う

どうして、「たんぱく質の構造」が伝染するのか

■たんぱく質の高次構造
たんぱく質は、それ自体触媒作用を持ち、生体内での各種化学反応を制御している。たんぱく質はDNAに配列がプログラムされたアミノ酸のポリマーであるが、単にアミノ酸の配列が正しいというだけでは上記の触媒作用は生まれず、以下のような高次構造も正確に実現する必要がある。
・一次構造:アミノ酸配列
・二次構造:アミノ酸相互間の引力により、螺旋(αへリックス)、直鎖(βストランド)、平面(βシート:βストランドが横につながって面になったもの)の立体構造をとる
 二次構造は、一次構造が決まれば機械的に決まるというものではなく、多様な構造をとることができる。
・三次構造:複数のたんぱく質が集まってできる球状の凝集体
・四次構造:さらに、三次構造が複数集合することで、たんぱく質上の特定のアミノ酸配列どおしが隣接することで、たんぱく質として機能するようになる
たんぱく質の高次構造は、アミノ酸をつなげて放置すれば勝手にできるというものではなく、他のたんぱく質などを使って厳密に制御しないと、所望の働きをするたんぱく質は得られない。BSEは、この制御機構の異常と考えることができる

■異常プリオンたんぱく質
 正常なプリオンたんぱく質に対して、異常性プリオンたんぱく質は、αへリックス構造に対するβシート構造が割合が大きい(正常プリオンは、αヘリックスが24%、βシートが3%であるが、異常プリオンは、αヘリックスが30%、βシートが43%)。つまり、正常プリオンたんぱく質の構造が変化したものと考えられるらしい
 このような構造変化した異常性プリオン分子が複数集まり、ジスルフィド結合により分子間で共有結合をつくることで、強固な「異常プリオン凝集体」を形成する。この凝集体は、正常プリオンを異常プリオンに変性させる能力を持っている。また、熱変性しにくく、加熱による無害化が困難である

■「構造変化」のメカニズム解明の現状
まだまだ定説はないらしいが、Webで拾ったいくつかの知識断片
・正常プリオンが2量体化し、その際、αへリックス構造がほどけ、βシート構造に再構成される?
 スーパーコンピュータによるシミュレーションもある程度できつつある
・αへリックス構造をほどく(unfold)働きのある「プロテインX」(シャペロン分子)が関係している?
・異常性プリオン単体では変性能力がなく、凝集体としてある量が蓄積する必要がある?
・プリオンたんぱく質は動物種により一次構造が異なるが、異なる種のプリオン間でも変性能力があるらしい

異常性プリオンの検出方法は?

■異常プリオンの性質
・熱変性しにくい(加熱による無害化が困難)
・たんぱく質分解酵素で分解しない
■検出方法
・前処理
最初に、たんぱく質分解酵素で正常プリオンなどの夾雑物を除去し、異常プリオンの候補と思われる物資だけの状態にする。以降、以下のような方法で検出を行う
・ELISA法
抗プリオン抗体を加えると、異常型プリオンと結合し、できた抗プリオン抗体を発色検出する。この方法では、前処理で残った正常プリオンや他のたんぱく質とで抗体ができる可能性があり、これが擬陽性の原因となるが、感度が高く検査が簡便なため、一次検査で用いられる
・ウエスタンプロット法
 前処理後、電気泳動を行い、異常プリオンのみを含むバンドを抽出し、モノクローナル抗体による抗原抗体反応により同定する。5時間程度(理想的には2〜3日待つ)の時間がかかるが、異常性プリオンが3本のバンドとして明確に検出されるため、ELISA法で陽性になったものについてBSEと断定するための検査に用いる
(注:ウェスタンブロット法でも、前処理不十分な正常プリオン残留物が残る可能性があるが、二次構造が異なるため泳動速度が異常プリオンとことなり、区別することが可能)
■検出方法の改良
・競合キャピラリー電気泳動
・構造依存性免疫試験(CDI)
・蛍光相関分光法
 凝集体の存在を移動度の計測で確認?
・異常プリオンの試験官内増殖
・プリオン病マーカー(異常プリオンを直接検出するのではなく、相関の高い別物質を尿などから検出する)

プリオンとは何なのか?

乞うご期待

安全性についての素朴な疑問

こうして見てくると、「BSEの感染」という現象は、結局は異常性プリオンの塊を食べることにより起こる訳で、牛の体の一部の検査で見つからなかったからといって、食肉中に数分子が含まれる可能性は残る。牛の全組織を全量検査しない限り(そんなことしたら出荷できない)、ある確率で危険が伴う。
 米国では、全頭数の1%を抜き取り検査しているという。これは、あまりに安全を軽視したやり方と思われる(イラク戦争で米兵が1000人死んでも平和が維持できればOKというお国柄である)が、日本のような全頭検査でも100%安全ということは無い。今後は、
(1)全頭検査を世界的に徹底するための検査コストの低減(検査の高速化、機械化)
(2)検査感度の向上による、全頭検査の信頼性の更なる向上
が求められると思われる。

BSE研究の未来?

 少し見方を変えると、ゲノム解読ブームが去り、プロテオミクスが壁に突き当たっているかに見える(失礼)現在、まさに、プロテオミクスの本質を突いたようなこの病気が問題となり、人類に、更なる研究を促しているように見えてならない。BSEの研究をきっかけに、たんぱく質のフォールディング制御、さらには、たんぱく質の直接増幅(→高感度計測)につながる一連の技術開発が始まろうとしているのかもしれない。
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