自由電子レーザの原理と小型化について
■はじめに
分光分析において、安定で強力な光源は、高感度を得るために必要なものであり、永年にわたり理想的な光源が追求されてきた。レーザ光は理想的であるが、波長が物性的に決まるため簡単に可変できないという問題点があり、分光分析用としては、限られた用途でしか実用化されていない。
近年、自由電子レーザが実用化され、研究が進められている。このレーザは、励起に使う電子ビームのエネルギーにより比較的容易に波長が変えられる特徴を持つが、電子ビーム生成に大型加速器が必要なことなどの理由で、装置が比較的大型になってしまう欠点をもつ。
そこで本稿では、小型小出力の自由電子レーザの実用化の可能性を検討する。
■レーザとは
レーザとは、「誘導放出による光増幅」の略である。複数のエネルギー順位を持つ系では、系が低い準位から高い準位に励起されたとき、再び低い準位に遷移する際、エネルギー差に相当する波長の光を出す。この遷移は、自然に起こることもある(自然放出)が、高い準位にある系に、このエネルギー差に相当する波長の光をあてると、それに刺激されて準位の遷移と光の放出が起こる(誘導放出)が、このとき放出された光は入射された光と同位相になる。このとき入射した光は吸収されるわけではないので、入射光と放出光が同位相で合成された光が得られ、結果として、光が増幅される。この場合、増幅のためのエネルギーは、系が供給することになる。
系が平衡状態では、より安定な低い順位の分布が大きくなるので、系が平衡状態にあるときには誘導放出はほとんど起こらない。そこで、エネルギーの高い準位の分布密度が多くなるような状態を人工的に作り出してやれば、継続して誘導放出を起こすことができる(反転分布)。
このような状態にした系を、2枚の鏡の間に挟むと、たまたま自然放出で発生した光が誘導放出により増幅され、鏡で反射されながら何度も増幅されるため、位相のそろった、強力な光を得ることができる(光共振器と呼ばれる)。得られた光は、どちからの鏡を透過して外に取り出して利用する
したがって、レーザを構成するためには、(1)複数のエネルギー準位を持つ系、(2)系のエネルギー準位を反転分布の状態に維持する機構、(3)光共振器が要素として必要となる。
なお、誘導放出を継続して行う場合、系の反転分布を維持するためにエネルギーを供給してやる必要があるので、レーザ光を発生するためのエネルギーは、反転分布を維持するための機構が供給することになる
■さまざまなレーザ
光増幅を行う媒質の種類で、さまざまなレーザが作られている。大きく分けると、固体媒質に光を吸収させることで高いエネルギー準位を維持する「絶縁体レーザ」(ルビーレーザなど)、同様に媒質としてガスを用いるガスレーザ、液体色素を用いる色素レーザ、半導体のエネルギーバンド構造を利用し、電気的に、高密度の電子と正孔を作り出すことで反転分布を得る半導体レーザなどがある。
■自由電子レーザとは
自由電子レーザは、電子ビームが磁場で曲げられるときに発生する放射光が、電子ビームと同じ方向に進む光があった場合にこれと同位相となる現象を光増幅に利用したものである。放射光の発生に、アンジュレータ(ウィグラー)と呼ばれる、N-Sの磁場が交互に並んだ構造の装置を用いると、電子ビームで発生する放射光は、シンクロトロン放射光のような白色光ではなく、電子のエネルギーと磁極の間隔で決まる特定の光をピークとする単色光となる。この現象は誘導放出と同様に光増幅過程と考えられるので、放射光発生機構を2枚の合わせ鏡で挟んで光共振器を形成すれば、レーザ発振を起こすことができる。
Spring-8で使われているアンジュレータ。磁石のN-Sが交互に並ぶ
自由電子レーザの特徴
・波長が可変である
自由電子レーザの波長は、アンジュレータから放出される放射光波長で決まり、次式で与えられる
λ=λu・(1+K^2/2)/2nγ^2(m) ・・・ (1)
ここで、λuは、アンジュレータの磁極の周期長(m)、K=93.4・B0・λu(B0はアンジュレータの最大磁束密度(T)、
nは放射光次数だが通常1、γ=<電子のエネルギー>/<電子の静止エネルギーe=mc^2=0.511MeV)
(文献1)
さらに通常は近似的に、λ=λu/2γ^2 ・・・(2)
とかんがえてよい(文献2)。つまり、波長は、入射する電子のエネルギーの二乗に反比例する。
自由電子レーザを工学的に利用するためには、次の技術課題があると考えられる。
(1)装置が大型になる
放射光を発生するためには、電子ビームを光速近くまで加速する必要がある。このため、大型の加速器が必要になる。また、アンジュレータ部分も、光のピーク性を向上するために大型化する。また、装置全体を高真空に保つ必要がある
(2)レーザ増幅率が上げにくい
通常の誘導放出過程と異なり、放射光発生部に光ビームを当て、それと同量のエネルギーに加速した電子を通すだけでは、等量のエネルギーが光ビームと電子ビーム間で交換されるだけで、光増幅にならない。光増幅を効率よく行うために、さまざまな工夫が必要になる
(3)エネルギー効率が上げにくい
電子ビームのエネルギーのうち、光に変わるのはほんのわずかで、電子ビームはほとんどそのまま水などに吸収させて捨てられる(文献3)。このため、系のエネルギー効率は非常に悪い。
■自由電子レーザの小型化
試みに、(2)式より、アンジュレータの磁極周期が20mm、波長250nmの紫外レーザに必要なエネルギーを計算すると、102MeVになる。これは、かなりの大型の加速器が必要なことを意味する。
この(2)式をよく見ると、エネルギーが大きくなるほど(電子の速度が光速に近づくほど)波長が短くなり、アンジュレータの磁極周期を短くできれば、やはり波長が短くなることを意味している。逆にいえば、電子のエネルギーが0.5MeV程度の時には、アンジュレータの間隔を、光の波長オーダに短くしないといけない、とも言える。というか、本来、光の波長オーダに短くしないといけないものを、電子の速度を相対論的な速度(光速に近い速度)に加速することで、条件を緩和してもらっている、とも言える。
それでは開き直って、加速電圧が高くできないと仮定する。テレビの電子銃クラスの熱電子源を用意し、比較的安価に用意できる、30kV程度の高圧電源で加速したとする。このとき、250nmの自由電子レーザを得ようと思ったら、(2)式より、アンジュレータの磁極周期を1.72nmにする必要がある。これを、ナノアンジュレータと呼ぶことにする
呼ぶことにするのはいいが、さて、どうやって作ったものやら...
2001年現在、半導体プロセスの微細加工精度は180nmに到達しているが、まだまだ、2桁足りない。
これを実現するには、
・空間的な電磁波の定常波を作る。でも、あ、駄目だ。1.72nmの波長のコヒーレントな光が要るのか。
・少し反省して,小型のシンクロトロンを作ることを考える。直径10cmのサイズだったら、光の速度で1周に1nsecだから、1GHzで駆動できるシンクロトロンになるかも。でも、あちこちから放射光がでてくるんだろうな...
やはり、自由電子レーザを小型化して機器に組み込めるようにするのはちょっと難しいです
■それでも、小型波長可変レーザは欲しい!
分光分析では,Lambert-Beerの式を用いて、物質に固有な波長の光の吸収量を測定することで、物質の定量を行う。この場合、物質の測定感度(検出限界や定量限界)はノイズによって低下する。ノイズのうち最も支配的なものは、光ショットノイズで、これは光量の√に比例して相対的に低下するので、少しでも明るい光源が必要である。
通常、分光光度計の光源には、重水素ランプのような白色光源が用いられ、回折格子などの波長フィルタで単色光化して使うので、エネルギー効率も非常に悪い。そこで、紫外可視領域で使用可能な、波長可変のレーザの登場が望まれる
参考文献
(1)国立天文台編「理科年表」丸善(シンクロトロン放射の項が異様に詳しい)
(2)J.Wilson他著、姫野他訳「レーザ入門」森北出版
(3)「現代化学'01年9月号」東京化学同人
(4)神保編著「光エレクトロニクス」オーム社
その他、リンクは張りませんが、理化学研究所、日本原子力研究所、大阪大学などのホームページにも詳しい記述と図や写真がありますので、確かな情報はこれらから入手してください
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