《音の回想1》幼い頃に聞いた音楽
子どもの頃の音の記憶というものは、極めてあいまいなものだが、それでいて時には情景を伴ったリアルな姿を再現してくれる。
私の小学校時代は、その殆どが第二時世界大戦中だったことから、その頃の音の記憶を辿れば、当然、軍歌の怒鳴り声、教練の時の歩調を取って歩く足音、それにラジオで聞いた『大本営発表』や敵機襲来を告げる『東海軍管区情報』などが印象に残っている。こういったものが音と同時に当時の情景をありありと思い出させてくれる。
音楽としての音の記憶を辿れば、放課後の校庭で聞いた美しいオルガンの調べがあるし、父が機嫌がよい時に弾いてくれたバイオリンの小品『三色すみれ』の曲、それに終戦までラジオで放送されていた、川田正子の歌う『里の秋』といったものが思い出される。
ところで、私が入学した小学校は、今の明智鉄道の岩村駅から北へ約3キロほど入った山間にあり、児童数も百数十人程度の小規模校だっかが、神社の森と並んで、ひっそりとたたずむ小さな校舎は、田舎の自然に溶け込んだ一幅の絵画を思わせる風情があった。
一、二年生の頃だったと思うが、私は放課後になるといつも運動場で遊んでいた。この時、教室から聞こえていたのが妙なるオルガンの調べであった。確かに、校舎の右端の水飲み場の近くにあった肋木に股がって、ななり長いオルガンの曲を聞いた覚えがある。
このオルガンの演奏者は音楽教育で県内ばかりでなく、全国的にも優れた実績を残され、
今も児童合唱曲を作曲しておられる若き日の和田三里先生だった。
後でわかったことだが、当時弾いておられた曲は小学唱歌の伴奏だけではなく、ベートーベンの『月光の曲』なども含まれていたようだった。
尋常小学校を国民学校と改称し、軍国主義教育が烈しさを増していたその時代に、『コラール』を思わせる素朴なオルガンの名曲が聞こえていたのである。随分昔のことだが、音とともに当時の情景がありありと思い出されるのである。
関連MIDIデータ:ベートーベン作曲ピアノソナタOp.27の2『月光』第一楽章(オルガン音)
上の写真は唱和15年度の卒業写真用に撮影されたものです。
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