音の回想 29 《白黒映画の魅力》

 中津川文化会館に勤めていた頃、自分の専門外の分野の弱さをカバーするために、努めて美術館へ出かけたり、映画や演劇の鑑賞をするようにしてきたが、この中で特に役立ったのが、衛星放送のビデオ録画だった。今の衛星放送の第2(11チャンネル)は、映画・音楽・演劇・美術鑑賞等を長時間にわたって、毎日のように放送しているし、雑誌等で1ヵ月前から放送内容を知ることができるので、内容を選んでタイマー録画にしておけば、後から必要なものが取り出せるし、時々生中継もあるので、音楽・映画・演劇等の情報をつかむことが出来、その頃の仕事に大いに役立っていた。
 最初は仕事を意識しての録画だったので、毎日、時間を確かめてタイマーに仕込むことは、なかなか骨の折れる仕事だった。しかし、その内に習慣になってきて、録画を後から見るのが楽しみになり、ついに600本近いライブラリーが出来た。こうして録画したものを市民のみなさんや、幼稚園・小中学校等でも随分使っていただいたので、これも私の仕事に直接役立っていたわけである。
 さて、こうした録画の中から、今までに映画もかれこれ 100本以上は見たと思うが、私の印象に残っているものは、今のカラー映画の超大作といったものより、主に昭和に入ってから制作されたモノクロ(白黒映画)の名作である。
 代表的なものを挙げれば、アメリカ映画の『オーケストラの少女』や『キューリー夫人』、日本映画では『24の瞳』や『泥の河』といったものだが、こうした映画は、今の映画のように会話や人の動きの派手さはないが、登場人物の表情や微妙な動きから人の内面を想像して、自分を見つめさせる重みがあるように思う。この時代の映画は作品数は少ないが、徹底してテーマを検討し、出演者も厳しいリハーサルを積み重ねて、登場人物になりきっているように思われる。特に古い作品はトリック撮影が殆どできず、自分の演技力そのもので勝負したからこそ、こうした重厚な映画が出来たのだと思う。
 『オーケストラの少女』に扮したディアナ・ダービンは、ソプラノ歌手を演ずるために専門に声楽を勉強し、この映画の中でモーツァルトの『アレルヤ』やベルディーの『乾杯の歌』を歌い、演技ばかりでなく、歌手としても世界を沸かせたことで有名だが、『サンダカン八番娼婦館』や『山椒太夕夫』に扮した田中絹代の演技も、真に迫って観客を圧倒するものがある。
 こうした映画を支える音楽効果も、今の映画のように、これでもかこれでもかと必要以上に刺激を与えるものではなく、必要最小限にとどめ、会話のない心理描写の部分等で効果を高めているのが特徴のように思う。又、白黒映画の『24の瞳』の効果音楽は小学唱歌ばかりで、演奏も決してうまいものではないが、それが懐かしさと憂いのある雰囲気を醸成し、あの映画に絶大なる効果をもたらしているのである。

モーツァルト作曲 モテット『踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ』より『アレルヤ』

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