《音の回想28》民俗芸能の音楽(中津川)

 民俗芸能には広い意味では地方の特殊性と伝統性をもつ郷土芸能や民俗舞踏などが含まれると思うが、私は過去にこの種の音楽の指導を試み、その良さ深さを実感しているので、こうした音楽には深い関心を持っている。
 民俗芸能の音楽は、一般に古くさいもの、つまらないものと思われやすく、表情豊かな西洋音楽の陰に隠れた存在になっているが、この音楽には日本人が受け継いできた血の流れのようなものがり、日本人の体質として、こうした音楽を求めるエネルギーが受け継がれているように思われるのである。したがって、こうした音楽の演奏は大人ばかりでなく、子どもたちも、いきいきと我を忘れて没頭できる魅力的なものであり、これは体験したものでないと分からない世界である。
 ところで、この中津川(岐阜県)に伝えられている民俗芸能の音楽は、その殆どが日本の伝統音楽が完成された江戸中期以降に伝えられたものだが、この中で特に私の印象に残っているものは、歌舞伎獅子といわれる苗木の『井汲獅子』の素朴なお囃子、淡路の人形使いが伝えたという『川上(かおれ)文楽』の浄瑠璃、大正時代に、この地で作詩され、杵屋喜多六が作曲した『賤(しず)の手振り』の格調高い長唄、それにお諏訪太鼓の流れを汲む、表情豊かで迫力のある『安岐太鼓』の響き等である。
 最近では学校教育でも我が国の文化と伝統を尊重することが重視されだしたが、地域に伝えられている伝統文化の尊重、その伝承というものは、日本文化の創造と発展の基底をなすものであり、これには体を通して自然に入っていける民俗芸能を体験したり鑑賞する機会を作っていくことが近道だと思う。
 中津川の民俗芸能文化発表会が、大人と子どもが一体となって地域の民俗芸能を発表し合い、技を磨きながら次の世代への継承を配慮してきたことの意義は大きく、これは価値ある文化活動といえるものだが、ここで演奏される音楽も魅力あるものである。(平成2年3月)

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