日本の横笛には、雅楽で使われている龍笛、この笛から変化したと言われる能管、それに庶民の生活に最もなじみ深い篠笛があるが、横笛は古くから物語などに登場する日本人に馴染み深い楽器である。
もう18年も前のことだが、中学生のための日本音楽鑑賞会を計画し、東京から篠笛と能管、尺八、三味線、琴の3人の演奏家を招いて、校内演奏会を開いたことがあった。これが私が専門家による篠笛の演奏を聞いた最初だった。この時篠笛を吹いたのは、今は我が国の最先端の演奏家である鯉沼広行さんだったが、『京の夜』という曲を聴いてたった1本の篠竹に穴を開けただけの単純な構造の横笛で、日本人の心を揺り動かす、繊細で味わい深い演奏が出来ることを知り、深い感動をおぼえた記憶がある。
私はフルートをやっていたので、横笛の音は何とか出せることから、早速、.鯉沼先生にお願いして、川崎の笛作り師、久保井朗童氏に八本調子の篠笛を作ってもらい。独学で練習をはじめた。しかし、フルートと違って、指穴を直接指で押さえたり、音によっては半分押さえたり、又、指をずらせたりするところもあって、日本的な味わいのある演奏をすることは容易なことではなかった。
3ケ月ほどかかって、ようやくわらべうたや簡単な民謡が吹けるようになったが、微妙な味わいのある音となるとなかなかうまくいかない。それから時々カセット・テープの付いた教則本を使って練習した。一度だけ、埼玉県の所沢まで出かけて、鯉沼先生の指導を受けたことがあったが、なかなかまとまった時間が取れず、教則本は下巻の最初の方で足踏みしている始末である。しかし、演奏技術は未熟でも聞く方だけは、いくつもの篠笛の名曲を聴き、益々篠笛の魅力に取とりつかれるようになってきた。
篠笛の音色は細く柔らかく、日本人が伝えてきた、わび、さび、幽玄な境地といった、日本人独特な繊細な感情を託すのにうってつけの楽器であり、名人の吹く笛の音は、深く人生をみつめさせるほどの説得力がある。今やっと徳島県民謡の『祖谷の粉挽き歌』が何とか吹けるようになったばかりだが、何としても『京の夜』や長唄の名曲が吹けるようにしたいと考えている。(平成2年3月)